詩にゆくものへの祈り6

偽善の弓

 

 

 

 

ありふれたなんの変哲もない土や泥のにおい

 

朝露にぬれて艶る青葉のかほり

 

君は見やったあとにしばらくしてから顔をゆがめる

 

鼻をつまんで不快そうにくさいとつぶやいた

 

はじめ君のしぐさがなんことについてかわからなかった

 

やがてそのしぐさがなんのことか理解できた

 

だからといってとくに悲しいとは思わない

 

ただし君のことをこれっぽっちも理解できない

 

種類がちがう構造が別のいきものに見えた

 

なぜ君をそういうふうに思えるのは

 

ずっと昔に君のことを諦めていたからだろう

 

日々のなかには踏みしめる土もなく手で触る草木もない

 

理路整然でシステマチックな毎日がある

 

無駄もなく時間も短縮されているからたちどまってよそみをする必要がない

 

無味無臭でシステマチックな毎日がある

 

ところで感ちがいしないでほしい

 

自然推奨テクノロジー蔑視では決してない

 

たとえばとある夫婦が都会をすてて一念発起で沖縄に移住

 

一年後には馴染めずに都会へとんぼがえり

 

その土地にのこされた新築

 

そこには以前自然の木々が生えていた

 

たちどまって一息ついてながめればそこには

 

花壇の花

 

空の雲

 

夜の星

 

とにかく君にはバランスが重要だ

 

諦めずに根気づよく明日君にそう話すことに決めた

 

 

 

 

 

 

詩にゆくものへの祈り5

團子蟲と國家

 

 

 

 

男はダンゴムシをあつめると決めた

 

この世のすべてのダンゴムシをあつめたかった

 

手はじめに家の庭をさがした

 

ていねいにひとつひとつしらみつぶしにあつめた

 

家の風呂釜がいっぱいになるほどあつまった

 

男は夜寝るたびにダンゴムシがうごめくノイズに悩まされた

 

男はとなりの家のダンゴムシをあつめはじめた

 

家主は庭へ入ることを許可したが風呂釜はかさなかった

 

男は家に風呂釜を買い足してダンゴムシをあつめつづけた

 

家に三十もの風呂釜がつまれるころに町の名前がかわった

 

五十もの風呂釜がつまれるころには国の主がかわった

 

八十をかぞえるころには国境がなくなった

 

やがて風呂釜は百をこえた

 

男は風邪をこじらせあっけなく死んだが彼の家にはダンゴムシが生きていた

 

ある日使者がおとずれてダンゴムシを燃やした

 

香ばしいにおい町にただよった

 

翌日からひとびとはダンゴムシをさがした

 

けれどどこにもダンゴムシがみあたらなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩にゆくものへの祈り4

屍の戯言

 

 

 

 

 

彼女はときどき笑顔で踊りだした

 

彼女はうれしくなると踊りたくなるようだ

 

彼女はうれしくなると自分を傷つけたくなるようだ

 

彼女はかなしくなると笑顔になるようだ

 

彼女はたのしいことがあるとさみしくなるようだ

 

彼女はさみしくなるとたのしくなるようだ

 

彼女には彼女を愛する家族がいた

 

彼女にはやさしいボーイフレンドがいた

 

彼女を慕う男性がいて彼女を妬む女友達もいる

 

彼女はなにもほしくなかった

 

だから笑顔で踊るのだといった

 

だから生きたくないといった

 

詩にゆくものへの祈り3

思想の轍

 

 

 

 

右にいるのは喧嘩しているカップル

 

左にはおだやかに話す夫婦がいる

 

カップルは主張をまげずにいられない

 

夫婦はなにかを諦めている

 

カップルはなんども別れをくりかえしもとにもどる

 

夫婦は離れないがとくに必要だと感じていない

 

カップルは過去のあやまちを認めないで忘れる

 

夫婦は終焉までいっしょだが補うことだけを目的としている

 

右には主張だらけのカップル

 

左には諦めた夫婦

 

右も左も自己利益のためにひとりではいられない

 

ちょうど真ん中にいる君は孤独におびえている

詩にゆくものへの祈り2

刻の棲家

 

 

 

小さくて軽くて早くて飽きない

 

大きくて重くて遅くていらだつ

 

飽きないけどいくらでもかわりがいる

 

いらだつけどはなれたくない

 

ひとりでも寂しくないからひとりでいい

 

ひとりでは寂しいから誰かを想う

 

寂しくないのにひとりだと知られたくない

 

寂しいから誰かを求めて悲しむ

 

小さくて軽くて早くておいしい

 

大きくて重くて遅くておいしい

 

おなじおいしいなら小さくて軽くて早いほうがいい

 

おなじおいしいなら大きくて重くて遅いほうがいい

 

おなじ寂しいなら小さくて軽くて早いほうがいい

 

おなじ寂しいなら大きくて重くて遅いほうがいい

 

おなじ場所におなじ形の時計がならんでいる

 

どちらもちがう時を刻んでいる

 

構造はおなじ

 

けれど部品が欠損している

 

欠損しているほうが時を早くすすめることができる

 

欠損しているのは歯車なのだがそれがどの分部を動かしているのか忘れてしまった

 

忘れたのはつい最近なのにまったく思い出せない

 

だからそれも忘れよう

 

そうすればほんとうは遅いことに気づかないでいられるから

 

詩にゆくものへの祈り・・・

盲目の種蒔

 

 

 

コミュニティは自分でえらべない

 

君はそのコミュニティで決められたルールにまずはしたがう

 

やがて別のコミュニティを目の当たりにし君は発見か拒絶かをえらぶことになった

 

発見ならばさらに別のコミュニティを探すし

 

拒絶ならもとのコミュニティのルールにしたがいつづける

 

もとのルールが単純であればあるほどあらたなルールを拒絶してしまう君

 

もとのルールが複雑で難解なほどあらたなルールが気になってしかたない君

 

または最初に教えられたルールが単純な場合には別の難解で複雑なルールを拒絶するともいえる

 

複雑かもしれないし単純かもしれない

 

だからはじめが肝心だ

 

それなのに自分ではえらべない

 

かといって責任がないとはいいきれない

 

その種をまいたのは君ではない

 

その種をまいた責任が君にはある

 

 

 

 

チナスキー好きー

西村賢太の小説は読んでいない。

だが無頼派としてのキャラが好きでウェブ日記を読んだりしていた。

 

映画版『苦役列車』は観た。日記で作者が映画をけんもほろろに斬り捨てた。

絶賛公開期間中なのに。えらい。

自分は20代「苦役列車」の世界を経験した。

日雇い。建設現場で埃のなで働き日銭を稼ぐ。保証も無いのに高所で作業させられた。むろん落ちたら死ぬしそれ以上それ以下はない。

貯金はないし未来もない。将来は漠然と映像の世界に行きたかった。

 

映画ではそんな体のニュアンスな感じの雰囲気を醸し出したかったのだろう。けれど皆無だった。穢れと悪臭がしない。作者がボロカスにいう気持ちもわかる。

 

やがて日雇いから離れて映像の仕事にかかわるがフリーランスのため安定した収入もなく日々飲んだくれてバーで人に絡んではフルボッコにされたりした。

まるでミッキー・ローク主演の『バーフライ』のように。

脚本はチャールズ・ブコウスキー

ブコウスキーはいちばんすきな作家だ。彼こそほんとうの無頼派だと信じている。

 

当時泥酔してはまわりに悪態ついて喧嘩して嫌われて交際していた女性に愛想をつかされそれでも必死で脚本を執筆したり映像編集をこなしていた。

 

いつものように泥酔し渋谷のバーに飛び込みひとりで飲んでいた女性に声をかける。気づけば見知らぬ部屋で起きたら別の見知らぬ女性が顔を覗き込んでいた。逃げるように部屋を出るといつのまにか登戸にいた。

断片的な記憶を頼っても恥の上塗りをしたに過ぎない。

ブコウスキーの分身であるチナスキーみたいだと嗤った。

 

安い脚本料と編集料。家賃さえままならない。けれど酒は飲む。その時期なにひとつうまくいかなかったしいいことなどなかった。けれど最低で最高な日常だった。

 

 ブコウスキーの代表作「町でいちばんの美女」の美女・キャスはいまでいうメンヘラ女なのだが、チナスキーのように酔っぱらって出会いたい女ナンバーワンである。

 

むろん付き合いたくはないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

町でいちばんの美女 (新潮文庫)

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バーフライ [DVD]

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