諸説イントラセレブラルソィル5

諸説イントラセレブラルソィル

作 奇妙フイルム

 

 

 

 

5.

小田急線S駅、乃至、C駅が最寄駅である都立K公園。桜の名所でも知られている。

春爛漫。

ソメイヨシノが狂い咲く樹下、ファミリーパークで多くの家族やカップルが花見を楽しんでいる。

手作り弁当と酒に合うツマミ。日曜日。晴天にも恵まれ、日ごろの行いがなんとやらかんとやら。

広大な芝生に寝転がるカップル、讃美歌の練習をする団体、フォークギター片手に熱唱する若者もいる。

平和の象徴である家族連れのまわりを駆け回る未来ある子供たちの笑い声。

どこからともなく「凡庸な平和」という声が聴こえたが、その場の誰も気がついていなかった。

そんな人間たちよりも何倍もの数のカラスが弁当やツマミを狙って狂い啼く。

このK公園は、年々カラスたちの数が増えていった。

公園の中央を流れている川に沿って植えられたコナラ群に生息するカラスの存在が多少気にはなるが、直接襲ってくるわけでもなく、人々は意識しながら意識しないよう努力する。

小学校でのクラスのいじめみたいなものだろう。無視する行為。ところがカラスはいじめる人間より数が多いのでいじめだと理解しない。そもそもカラスはいじめという概念がない。

東京都環境局発表による都内のカラスの生息数の推移は増加の一途を辿っている。

前年度に比べて六千増加。各所でカラスによる被害も増大。

賢い彼らは人間を恐れない。徒党を組んで自分たちの思い通りに行動する。

生きる知恵と知識、そして恐怖を植えつける術を知っている。

彼ら独自の倫理観と概念で彼ら以外の者たちを敵視する。

 

 

つづく

諸説イントラセレブラルソィル4

諸説イントラセレブラルソィル

作 奇妙フイルム

 

 

4.

三月が始まる頃、獣害のニュースが立て続けに報道された。

関東・甲信越地方のあらゆる場所で、熊が町に下りて人を襲った。

本来なら、本州に棲息するニホンツキノワグマは人を食料としない。

襲われる場合のほとんどの原因は、人に対する恐怖からくる防御だ。

時折、興味津々の幼児のように玩具として弄ぶこともある。

だがある日、とある小さな町で人が食害された。

山間だがコンビニさえある栄えた町だ。

実際その熊は、目撃者によると、まるで戦利品のように人体の一部を咥えて山へと去っていった。

後に地元のハンターに射殺されたその熊の胃袋には人体の形跡はなかった。

マスコミは、自然破壊が原因だとか異常気象のせいだとか、まったくさっぱり頓痴気な意見を垂れ流していたが、とあるAMのラジオパーソナリティは、熊にだって考えがある。と、真っ当な意見を述べていた。

結果的にはツキノワグマによる人身事故と片付けられた。

同じころ、五十頭をゆうに越える猪の大集団が田畑を荒らし、芽吹いたばかりの作物を摘み取るように食べ、鹿が車道へ、まるで自殺でもするかのように飛び出して、車と衝突事故を巻き起こしていった。

猪は家族以外と群れないし、鹿は臆病だ。どうして彼らがそんなことをするのか。

その通り。

猪には猪の、鹿には鹿の考えがあるからだろう。

さらに補足すると、変わらぬものなどなにもない。恥じらいもなくかっこつけて言えばだが。

 

 

 

つづく

諸説イントラセレブラルソィル3

諸説イントラセレブラルソィル

作:奇妙フイルム

 

 

 

3.

バンカー・パレスホテルでは、四季の割合を決める会議が行われていた。
出席者は、春担当の柊氏、夏担当の桜井氏、秋担当の葉月氏、そして彼らのなかでもっとも体格のいい冬担当の綜馬氏の四名である。
バンカー・パレスホテルの二十二階「季節の間」はバンケットとしては小規模だが、
日本固有種である樹齢百二十年の唐松を職人によって手作業で伐採された切り株が円卓として中央に鎮座しているから圧巻だ。
四人は円卓にバランスよく座らない。前年の割合を円グラフにしたような位置に座るのだ。
二十世紀が終わるまでは、大まかには春二割、夏三割、秋二割、冬三割(2:3:2:3)といった具合だった。
地球温暖化だからといって、葉月氏の季節を短くしていくのって、芸がないよね」
開口一番、綜馬氏が円卓の中心に盛られた色とりどりのマカロンをつぎつぎに頬張りながら言った。
まるで綜馬氏の担当する季節の期間はここ百年間ずっと変わららないといった口ぶりだ。
「今年も一対五対一対三のくらいの割合で行こうよ」
柊氏と葉月氏が使えるテーブルのスペースは狭く、桜井氏は円卓のほぼ半分を使用できる。
柊氏と葉月氏はラップトップパソコンを置いたら、コーヒーカップを置くスペースさえままならない。
カップが少しでも桜井氏のエリアをまたぐと、神経質そうなメガネの奥の瞳がぎろりと光るのである。
カロンはフランスの代表菓子だと思われているが、実際はイタリアが発祥だとあまり知られていない。
綜馬氏などは、どこの国のお菓子なのかも知らない。そもそも興味ないからだ。
「マカロンって、どんなに食べてもものたりないよね」綜馬氏は言ってから、緑色のマカロンを口に放り込んだ。

「とどのつまりは、綜馬氏は保身のためだけに葉月氏を出しにしているだけだろ」厳密に言えば最も期間が短い柊氏が咳込むように言った。
ちなみに柊氏は口の中の水分を全部持っていかれるマカロンが嫌いだ。
カロンを旨そうに喰らう綜馬氏の存在も気に入らない。
「綜馬氏こそ、日本人から嫌われているじゃないですか」
「季節がね、季節として」と葉月氏が小声で捕捉した。
「日本人は寒いのが苦手なだけで、僕のおかげでさまざまなご利益があるんですよ」綜馬氏は青色のマカロンを口に入れた。「お鍋は美味しいし、恋人たちだって寄り添えるじゃないですか。桜井氏だって好かれているとはいえ、過剰な接待がたたって、老人が熱中症で亡くなったり、北極の氷が溶けたりして。あなたは不審がられていますよ」
「気温ね、気温がね」と葉月氏は捕捉する。
「今シーズンは、サプライズも含めて、春夏秋冬をきっちり四分割しますか」と柊氏が言った。
「三月から五月が春、六月から八月が夏、九月から十一月が秋、十二月から二月が冬でキッチリ四分割でもいいのかもしれないな。僕も譲歩しますよ」綜馬氏が言った。
「いいですね。春は芽吹いて過ごしやすい気温で、湿度もほどよい時期が三か月もつづくなんて」と珍しく柊氏が綜馬氏に同調した。
「梅雨が一か月間あって、暑いのだけれど外で遊びたくなるような気温が二か月あって」と桜井氏。
「湿度も気温も下がって、旅行も食事をするのも楽しくて、紅葉が見られる期間が六週間以上つづいて」と葉月氏
「ぐっと寒くなるけど、春は三か月後に必ずやって来るから、寒さも気にならない。そんな一年間で行こうよ」綜馬氏は最後のマカロンを飲み込んで笑った。
「でもそれって普通のことですよね」と葉月氏が捕捉した。

 

 

つづく

諸説イントラセレブラルソィル2

諸説イントラセレブラルソィル

作:奇妙フイルム

 

 

2.

彼女はとてもゆっくりと笑う。

一度なにかを噛みしめるように。

まるでなにかを思い出すように。

まるで笑うことがいけないかのように。

彼女は笑うことを躊躇している。

けれどきっぱり笑うと大きな口で綺麗な歯並びのそれを見せつけながら声をあげる。

彼女を笑かせたい。

彼女の笑い声を聴きたい。

彼女が笑い終えたあとに見せる後悔を宿した瞳を覗きこみたい。

目図はいつもそう思う。

 

彼女は森のなかでそれを発見する。

栖留周子は樹洞に宿る生命を見つめる。

単独登山の途中で山道からはずれてしまった。

さほど高くもない山だしさほど深くもない森なので不安はなかった。

スマホGPS機能だってある。

Googleマップだって閲覧できる。

最終的にレスキューに電話すればいい。

沢沿いにしばらく歩くと突然電波が通じなくなった。

GPSGoogleもレスキューも皆無。

すると急に不安になり泣きたくなった。

足も前に進まない。

「おい」

背後から怒鳴り声が聴こえた。野太いが透きとおった声だった。

振り返ると目の前に樹洞がのぞいていた。

樹洞から生命が溢れていた。

それはとても体液に似ていてにおいはないが濃厚な現実が垣間見えた。

周子は生命にふれてみる。液体に見えるがそれは力強く押し返してくる。

周子は我慢強く指を押し入れるとそれをひとすくいする。

指先で生命は揺れる。

口にふくんでみる。

彼女はその場に倒れたまま動かなくなった。

 

二十二か月後に子供が生まれる。

名前をつけたくはない。

しかし名前をつけないと人間社会にまぎれられないというのでしかたなく名前をつける。

子供は成長する。しかし実態がない。

彼女にしか見えない。

子供はまわりのおとなたちから声をかけられることはない。

だから誘拐されたりいたずらされたりする心配はない。

彼女は安心して子供を育てることができる。

やがてその子はintracerebral soilへとむかう。

 

つづく

諸説イントラセレブラルソィル1

諸説イントラセレブラルソィル

作:奇妙フイルム

 

 

1.
一月十一日。月の自転が変動した。その日は満月だった。

うさぎのもちつきの絵柄がかわった。

一月十二日になると、ダークサイド・ムーンが恥ずかしそうに俯いたあとはにかんだ。

まるで、生まれたての赤子のしりっぺたみたいだった。

月の裏はつるっとしている。

そういえば鈴カステラに似ている。

これによって人類は月へは行っていないことが露呈した。無人探査機さえも。

モノリスなどもってのほかだ。

半世紀以上前からついていたアメリカの嘘に各国の批判が殺到する。

世界大統領を目指していたアメリカ大統領は他人事だと口笛を吹いた。

「そもそも俺がしたことじゃねえし」的な態度を貫いた。

威厳のあるりこうな我らが大統領だとアメリカ国民は鼻高々だった。

その口笛のオリジナルメロディが国内で流行。SNSなどで拡散。

やがて世界中で流行し、あらゆる場所で口笛が鳴り響いた。

すると世界に平和が訪れた。地球上で一切の戦争が消滅したのだ。

口笛吹いて空地へ行った~

的スタンスでいると最終的にはみんな仲間だ仲良しなんだ~

的な結末になるということだろう。

知らんけど。

 

「世界平和おめでとうございます」

八年間母親に虐待を受けつづけた末、言葉を忘れた十二歳の少女は見知らぬ人に突然そう口走った。
少女の名は東澄江。住まいは江東区で、相手は近所に住む住所不定無職、自称「ロリロリサンダー」持永謙一だ。

持永は自らをロリロリサンダーと名乗り、日中徘徊し、幼女に「こんにちわ」と挨拶する。

職質後派出所で「ローリング、ローリング、サンダーの略だ」と持永。「発音がネイティブすぎたのだな」と説明した。

持永が澄江に「こんにちわ、ロリロリサンダーです」と挨拶すると、

彼女は「世界平和おめでとうございます」と八年ぶりの笑顔とともに発狂した。

澄江は泣き叫び、頭を掻き毟ったあと卒倒した。崩れ落ちる目の前の少女を持永は強く抱きしめた。

「彼女が壊れてしまいそうだったから」と持永は釈明した。

彼を職質した心ある巡査長は、「今後ロリロリサンダーと名乗らなければいいのでは?」とまっとうなアドバイスを与えた。

その日から持永は「ロリロリサンダー」を封印した。

 

戦争と呼ばれる争いが最後にアフリカの某国で終結したとき、未曽有の世界大恐慌が押し寄せた。

職にあぶれて都会では暮らせなくなった人々は作物を育てられる土地へと向かった。

東京はいまでは閑散としている。まるでアメリカのデトロイトのようだ。

しかし目図儀助はデトロイトへは行ったことがない。

映画『8マイル』や『イットフォローズ』、『ドントブリーズ』にでてくる雰囲気といえばわかってくれるだろうか。

目図は映画をほとんど見たことがない。特に洋画は。字幕を追うと疲れる。目頭を揉む。

だからといって眼精疲労が治まるわけがない。おまじないみたいなものだ。

彼はふと考える。

おまじないがない世の中で人々は、きっと疲弊してしまうだろう。

おまじないっていいよね。

目図はつぶやいた。

 

つづく