メルの前腕
劇中『マッドマックス』とほぼ同じ演出のアクションシーンが登場する。
それだけでニヤニヤしてしまいガタガタのストーリー展開もすべてゆるせた。
年老いたメルギブソンが水平二連散弾銃で追ってのバイカーを振り向きざまに撃つ。
もんどりうって転倒するバイカー。
もう一台は対向車線からやって来たトレーラーに正面から轢かれる。
わかっている。この監督はきっとわかっている。
『ブラッド・ファーザー』。
家出した娘が裏社会の人間から追われている。アウトローの親父が娘をかくまう。
相手はシカリオ。メキシカンギャング。
最後の敵の致命的な弾丸がメルギブソンの胸に直撃。俺はもう死ぬと娘に淡々と告げる。
フランス映画だったのは鑑賞後知った。ジャンクフードのようなB級映画だったが『マッドマックス』だってそもそも。
だからハリウッドのマネーメイキングスターになり、紆余曲折あったメルギブソンが年老いたアウトローとなって低予算映画に帰って来たことがとてもうれしかった。
この映画はNETFLIXで鑑賞した。ネットの海に広がる無数の作品群からなぜにメルギブソンだといえB級を選んだか。それは『パパVS新しいパパ2』でメルギブソンがパパ側の父親役で出演していたから。あの年老いてもなおたくましい前腕にときめいたからだった。
そして期待通りのメルギブソンのまさに丸太のような前腕&上腕に夢中となった。
キングチャイヨー 新作
題:quarter pounder
奇妙フイルムより告知です
これまで様々なジャンルの映像(企業PV・映画・TVCM)を企画・製作・制作・配給・プロデュース・演出・構成してまいりました。
「奇妙フィルム」では兎に角寛大なクライアントを募集しております。
以下HP
https://kjseriousjoke.wixsite.com/mysite
ちなみに最近のお仕事です。
下北沢にある「PRANK Weird Store」というオープンしたてのお店PVです。
店主によるとアップした瞬時に来客が増えたとか減ったとか。
ゴッド・タウン
数年前、出演作はほとんど網羅してしていた俳優が亡くなった。
フィリップ・シーモア・ホフマン。
亡くなるまでの数年間の出演作品『ザ・マスター』(ありがとうポール・トーマス・アンダーソン!)『誰よりも狙われた男』は即座に劇場へと駆けつけた。(「ハンガー何とか」は極端な偏見のもとに忘却)
彼が登場するだけで観たことを後悔させない俳優はいまだにいないのではないか。
『ミッション・インポッシブル3』でフィリップがトム・クルーズの敵役と知ったときの高揚感よ。
劇中フィリップがトムを蹴り倒すシーンが特出して素晴らしい。
彼は『カポーティ』のように声質で演技していたんだと思う。
どの作品も声の出し具合、響かせ方などに非常にセンシティブなアプローチを感じた。
声色を変えているだけではないことは、「ポーリー・マイ・ラブ」を観ると明白だ。
最近気になるトム・ハーディもしかりだが割愛。
遺作と呼ばれる「ゴッド・タウン」を観そびれていた。
(「何とかゲーム」は緒方拳のぬらりひょんと同様に遺作として容認できん。仮にもあの傑作『復讐するは我にあり』の主演俳優だぞ)
観終わって(途中からだが)これからも新作を観続けたかったと強く思った。
亡くなったことが改めて残念でならない。今作ではそれほど素晴らい演技だった。
しょぼくれた場末のバーが似合うどんづまりのフィリップ。
一生懸命走るが大転倒するフィリップ。それがまたよく似合う。
転ぶ演技があれほど上手な俳優を知らない。
自分勝手なセックス演技が上手な(似合う)俳優はいまのところ思い出せない。
彼が住む町の悪口を書いた記者のリンチを止めるときの声。痺れた。
原題でもある「Good's Pocket」という町が主人公でもある。
敬愛してやまないブコウスキーが居座りそうなバーがあり、彼が愛するアバズレと出会いそうな街並みがあった。
そんな完璧な町から出られない宿命の住人たちを演じる俳優全員が素晴らしかった。って映画は稀有だと思う。
フリップの遺作にして傑作。
- 作者: チャールズブコウスキー,Charles Bukowski,青野聰
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1998/05/28
- メディア: 文庫
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基礎の充実の上に2049
82年公開版を中学生のころビデオで観たときの衝撃はいまでもわすれられない。
ファイナルカットを劇場で観られたあの日はずっとブレードランナーのファンで良かったとあらためて思ったものだ。
「ブレードランナー2049」を公開初日にあえて2Dで鑑賞。
物語中盤まであまりの没頭に途中でふと我に返り自分がいったいいまどこの劇場で観ているのかわからなくなった。
映画館の席に座っていてそんな経験ははじめてだった。
そこまでだった。
そこから謎が明らかになればなるほど冷静に客観的にスクリーンで動く映像を眺めるだけになった。
ライアン・ゴズリング演じるKの個人的な哀しみは伝わった。
けれど物語の主軸である登場するすべてのレプリカントの哀しみは一切伝わらない。
ラヴが涙をながしたからなんだっていうんだ。
そしてレイチェルの登場はさらに「ブレードランナー」世界から遠ざけた。
デッカードの前に現れたのは有機体で造られた人造人間ではなくCGで描かれたイラストで物語に抑揚をつけるための産物で往年のファンをよろこばせるためだけの大人たちの遊戯に見える。
そもそもデッカードに心などなく人など愛さない人物だったからこそ人間ではないレイチェルを愛してしまった驚きがあった。彼がタイレル社で初めて彼女の出会ったとき胸ズッキューンなはずないだろ。
そうならデッカードの成長物語でさえ崩れていく。
ジョイをふくめたガジェットすべての説明も長いしレプリカントという人工物に命が宿るギミックには正直のれない。
人間が人間を創造する行為自体が物語の根幹だったのに妊娠するかね。
82年版を模倣した世界観も「綺麗な映像で汚い街」でしかない。
はたしてラブドールとして生まれたプリスは妊娠しなかったのかはたまた避妊していたのか。